西田哲学


西田幾多郎

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作成日 2002/6/1

「この名称は1926年に左右田喜一郎(そうだ きいちろう, 1881〜1927, 新カント主義者, 経済学者, 実業家)が、西田幾多郎の説を批判した論文<西田哲学の方法について>(京都哲学会雑誌《哲学研究》所載)という題名からはじまり、以来この名称が西田の哲学説に付せられるようになった。この説は《善の研究》(1911, 明治44)で<純粋経験>というジェームズやベルグソンの考えをうけて、主観と客観との合一状態を真実在とすることに始まり、この心的経験をやがて論理的に基礎づけようと試み、そこに神秘的要素を加えながら、《自覚における直観と反省》(1917)、《働くものから見るものへ》(1927)などをへて<絶対無>の立場をとなえるにいたる。この無とは、有に対立する無ではなく、有そのものがそこにおいて在るのであって、<現実的世界>はこの絶対無において成立する。この関係をとらえるのを<行為的直観>という。この直観もまた、現実のなかのものではなくて、いっさいを包みこむ直観であり、根元的な<場所>においてなりたつものである。この<場所>とは、すべての規定をそこに成立させるもの、<無>の<場所>である。西田によると、個体が絶対的なもので、個体は自己を限定する一般者と対立する。限定されれば、個体は本来の絶対的自由な個体ではなくなるからである。この一般者と個体との対立矛盾の弁証法的統一が<絶対的矛盾の自己同一>と称され、こうして個体において絶対無にもとづく<場所>が個体と同一化される。個体は有によってその独立がさまたげられるが、この<自己同一>で本来の個体たることができると説く。こうした見解を、西田はヨーロッパ哲学とアジアの仏教思想とをまじえて説いたが、帰するところこれは主観的観念論である一種の実存主義にほかならず、《善の研究》の<純粋経験>説が表現の仕方をかえて最後までつらぬかれており、そのめざすところは現実をどのように解釈するかに帰する。 それだから、晩年、戦時中には、<絶対無>を天皇になぞらえて、戦争肯定ともなったのである。」
                             
哲学辞典 森 宏一編集 青木書店 より




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